【真言宗お経】金剛流御詠歌 地蔵菩薩


真言宗のお経、金剛流御詠歌 地蔵菩薩のお唱えです。


お地蔵さま、お地蔵さん、と呼ばれ、庶民の間でも親しまれ、馴染みの深い仏様です。峠道・田んぼ道・道端で見かける石仏の圧倒的多数は、この地蔵菩薩で、その姿に出会うと、つい手を合わせて拝みたくなるのも、お地蔵さまのもつ性格のゆえであります。

 地蔵菩薩には、仏教の始祖の仏陀が入滅された後の五六億七千万年後に兜率天 (とそつてん)より弥勒菩薩が救世の仏としてこの世に出現されるまで、釈迦にかわって衆生を地獄の苦しみから救済し、導こうという誓願があります。地蔵菩薩の「地」は、土地に種子をまけば花も実も生長するように、万物の生ずるところであることを表しています。また、「蔵」はそうした万物を蔵するところであるとされています。すなわち、地蔵菩薩の名前は「すべての衆生を救済する偉大な功力を蔵すること大地のごとし」 という意味から地蔵と名づけられています。

 また地蔵菩薩は、単独の像としてお祀りされるばかりではなく、地獄・餓鬼・畜生・修羅・ 人間・天のいわゆる六道の世界までその功徳力が及ぶとされ、六道のそれぞれを象徴して 「六地蔵」と称される六体の地蔵がお祀りされているのも特徴です。

 お地蔵様の真言「カカカ」というのは、お地蔵様の笑い声とも言われています。いつどんなところでも、困っている人を見つけたらお地蔵様は、笑顔で救いの御手を差し延べて下さいます。人は、楽しい時、嬉しい時に笑顔が出ます。反対に言えば、笑顔を出せば、楽しくも嬉しくもなります。作り笑顔は人間だけが出来る特別な思い遣りであると思います。笑顔は自分だけではなく、周りの人にも伝わっていきます。笑顔は世の中を幸せにする力を持っています。

地蔵菩薩

一 如意の宝珠を 捧げ持ち

  錫杖突きて 六道の

  旅行く人に ほほ笑みて

  救いの御手を 延べたもう

二 賽の河原に泣きぬれる

  幼な児抱く 母となり

  悩みの娑婆に 悶えつる

  人の父とも なりたもう

三 風吹く夜さも 雨の日も

  尾花のなびく 荒野にも

  厭わで独り 立ませる

  尊き姿 おろがまん

賽の河原地蔵和讃(全文)

これはこの世のことならず

死出の山路の裾野なる

賽の河原のものがたり

この世に生まれ甲斐もなく

親に先立つありさまは

諸事の哀れをとどめたり

二つ三つや六つや七つ

十にもたらぬ幼児(おさなご)が

賽の河原に集まりて

苦しみ受くるぞ悲しけれ

娑婆(しゃば)とちがいて幼児が

雨露しのぐ住家さえ

なければ涙の絶え間なし

河原に明け暮れ野宿して

西に向いて父恋し

東を見ては母恋し

恋し恋しと泣く声は

この世の声とはこと変わり

悲しき骨身を透(とお)すなり

ここに集まる幼児は

小石小石を持ち運び

これにて回向(えこう)の塔を積む

手足石にて擦れただれ

指より出ずる血の滴(しずく)

身体を朱(あけ)に染めなして

一重積んでは幼児が

紅葉(もみじ)のような手を合わせ

父上菩提(ぼだい)と伏し拝む

二重積んでは手を合わし

母上菩提回向する

三重積んでは古里(ふるさと)に

残る兄弟わがためと

礼拝回向ぞしおらしや

昼はおのおの遊べども

日も入相(いりあい)のそのころに

冥途(めいど)の鬼があらわれて

幼きものの傍により

やれ汝らなにをする

娑婆と思うて甘えるな

ここは冥途の旅なるぞや

娑婆に残りし父母は

今日七日(なのか)や二七日(ふたなのか)

四十九日(しじゅうくにち)や百箇日

追善供養のその暇に

ただ明け暮れに汝らの

形見に残せし手遊びや

太鼓人形かざぐるま

着物を見ては泣き嘆き

達者な子どもを見るにつけ

なぜにわが子は死んだかと

酷(むご)やあわれや不憫やと

親の嘆きは汝らの

責苦を受くる種となり

かならず我を恨むなと

言いつつ金棒振り上げて

積んだる塔を押し崩し

汝らが積むこの塔は

歪(ゆがみ)がちにて見苦しし

かくては功徳になりがたし

とくとくこれを積み直し

成仏願えと責めかける

やれ恐ろしやと幼児は

南や北やにしひがし

こけつまろびつ逃げ回る

なおも獄卒金棒を

振りかざしつつ無慙(むざん)にも

あまたの幼児にらみつけ

すでに打たんとする陰に

幼児その場に手を合わせ

熱き涙を流しつつ

ゆるし給(たま)えと伏し拝む

おりしも西の谷間より

能化(のうけ)の地獄大菩薩

動(ゆる)ぎ出でさせ給いつつ

幼きものの傍により

なにを嘆くか嬰児(みどりご)よ

汝らいのち短くて

冥途の旅に来たるなり

娑婆と冥途は程遠し

いつまで親を慕うとも

娑婆の親には会えぬぞよ

今日よりのちは我をこそ

冥途の親と思うべし

幼きものを御衣(みころも)の

袖(そで)や袂(たもと)にだき入れて

憐れの給うぞありがたや

いまだに歩まぬ嬰児を

錫杖(しゃくじょう)の柄にとりつかせ

忍辱(にんにく)慈悲の御肌(みはだえ)に

泣く幼児を抱きあげ

助け給うぞありがたや

御詠歌とは(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

御詠歌(えいか)とは、仏教の教えを五・七・五・七・七の和歌と成し、旋律=曲に乗せて唱えるもの。日本仏教において平安時代より伝わる宗教的伝統芸能の一つである。五七調あるいは七五調の詞に曲をつけたものを「和讃」(わさん)と呼び、広い意味では両者を併せて「御詠歌」として扱う。

動画でお借りしたフリー画像

★お地蔵さんのイメージ

作者:still様

https://00m.in/NZ2w9

★お地蔵さん

作者:ぱんち・ら様

https://00m.in/3PSBK

★高塚愛宕地蔵尊3

作者:Lancer様

https://00m.in/7PoMO

皆様と一緒にお唱えが出来る箇所は、字幕を付けました。

出勤通学,移動中,作業用に聞き流して頂いても結構ですし

お唱えの練習や、お墓や仏壇の前で流してあげても良いかもしれません。

今後、真言宗の御詠歌、声明、お勤め、様々な動画をアップロードしていきたいと思っております♬次の動画も見てみたい方は

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【僧侶プロフィール】

紫雲寺副住職 山本密雄

1992年福岡県北九州市生まれ

高校卒業後、18歳から修行の地、和歌山県高野山へ。以後5年間、高野山の寺院で修行を重ねながら、高野山大学に通う生活を送る。

21歳の時、高野山専修学院に入学。真言宗の僧侶資格「阿闍梨」位を取得。真言僧侶となる。

大学卒業後、地元に福岡に帰り、高野山真言宗紫雲寺に帰山。

以後、お寺の維持管理や檀家参りを行いつつ、御詠歌・声明の布教活動に今日まで携わってきた。

現在は、地元の詠歌青年会の一員として、全国の御詠歌公演に出仕したり、YouTuberとして真言宗の様々なお経をアップロードし、日々の布教活動を行っている。

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高野山真言宗紫雲寺(北九州市八幡西区)

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